こまつ座「私はだれでしょう」 | こだわりの館blog版

こまつ座「私はだれでしょう」

私は誰でしょう

2/12 紀伊国屋サザンシアターにて


軽快な音楽劇に潜む、井上ひさしの【怒り】とは?


脚本:井上ひさし
演出:栗山民也
演奏:朴勝哲
出演:佐々木蔵之介、川平慈英、浅野ゆう子、梅沢昌代、辻萬長、北村有起哉、前田亜季、大鷹明良


またありましたね、初日延期に再延期。
こまつ座公演、井上ひさしの新作「私は誰でしょう」
でも幕が開いただけでも貴重ですよ。
と、井上ひさしファンとしてはついつい甘くなってしまうのですが…。
しっかり自分はそれを察知して公演半ばのチケットを確保してるし(笑)。


近年の井上ひさしの新作のテーマは非常に明確。
キーワードであげれば
【民主主義】【太平洋戦争】【天皇の戦争責任】【戦後日本の姿】
ここらあたりでしょうか。
上演スタイルも朴勝哲のピアノ演奏で進むミュージカルスタイルで定着しつつあります。
昨年も新国立劇場の「夢の痂」では【天皇の戦争責任】をまじりっけ無い
究極のスタイルで描きつくしてましたっけ。


で、今回「私はだれでしょう」で描かれるテーマは【戦後日本の姿】
終戦間際のNHKのラジオ局を舞台に、
戦争による行方不明者を探す「尋ね人」のコーナーを担当している人々と、
そのNHKを監視するGHQの人々。
そしてそこラジオ局に転がり込む「私は誰でしょう」と自分を「尋ね」に来た男とで
人間ドラマが展開していきます。


朝日新聞のこの作品の劇評で、
「初日を迎えたばかりで後半が駆け足になったのが残念」
のようなことが書いてありましたが、
初日から3週間たっての2/12鑑賞の印象としては、
そんな感じは全く受けませんでしたね。


確かに井上ひさしの戯曲は遅筆ということもあって
幕切れが【尻切れとんぼ】になってしまうケースが多々あります。
一昨年上演の「円生と志ん生」 しかり「箱根強羅ホテル」 しかり。
昨年再演にて上演の「兄おとうと」 では、
初演で唐突だったラストシーンを補足すべく、1場追加で加筆したくらいですから。
でも「私はだれでしょう」には、そんな印象は全く受けませんでした。
幕が開いてから練りなおしたのか、それとも初日延期のイメージから
劇評した方が「そう見えてしまったのか」は知る術もありませんが、
後半の「自分探し」の男が記憶を取り戻し、その【記憶】の背景に迫る場面などは
井上ひさしの近年の戯曲のテーマが凝縮されていて見応えがあります。


そこには井上ひさしの【怒り】が凝縮されていたように思います。
GHQの占領下、【民主主義国家】として新たなスタートを切ったはずの日本が、
数年後、傷も癒えぬうちに朝鮮戦争を機にアメリカの【都合の良い道具】として使われ、
言論統制など再び戦中と同じような状況になっていく…
「人探し」のラジオ番組で「原爆」を取りあげてからの
その後の登場人物たちの受けた【処分】にこの全てが証明されていて
思わず背筋が寒くなります。


「これじゃ前に逆戻りじゃないか!」
登場人物の一人のこの力強い台詞がこの作品のテーマであり
井上ひさしの【怒り】であるのではないでしょうか。
直球勝負で挑んでくるその明解なテーマは、見る者の胸にズシリと重く響きます。


しかしテーマは重くとも劇自体は非常に軽快で「楽しい」の一言に尽きるのも
井上ひさし劇の特徴。
謎の男の真実を探るミステリー仕立ての戯曲はテンポも快調。
スタンダードナンバーから宇野誠一郎のかつての名曲までを
この作品の劇中歌としてアレンジした数々の曲も耳に心地よく、
休憩を入れての実に3時間半近くの長丁場を
重いテーマでありながら、飽きさせずに一気に見せきる
その手腕は井上ひさしの筆力のすごさ、そして演出の栗山民也の力
…さすがです。


そしてこの舞台の俳優陣。
特に「自分探し」の男役の川平慈英がよかったですね。
ミュージカルがフィールドの俳優さんが井上戯曲に出演?と
最初は違和感を持ちましたけど役柄を見たら一発で納得。
川平氏ならではの身のこなしで舞台に躍動感があふれてたと思います。
あと意外だったのは浅野ゆう子(笑)。
アナウンサーとしての【品格】があって良かったです。
但し上演3週間でのどが若干つぶれ気味だったのはご愛嬌といったとこで。
北村有起哉・大鷹明良・梅沢昌代は井上戯曲への出演実績済だけに安心して見ていられ、
前田亜希の初々しさが劇の良いアクセント。
(「リンダリンダリンダ」の主演の子とは知らなかった!)
で、佐々木蔵之介は期待していただけに、役柄が【受け】の役柄のため
川平、浅野に比べれば大きな活躍がなかったのが残念に思いました。
あの長身はいかにもGHQのお役人にいそうな雰囲気(笑)だったのに。
こんな事書いたらファンの方に叱られそうですね。


最後にちょっと余談。


私はこまつ座の公演を見に行くと毎回パンフレットである季刊「the座」を買うんです。
出演俳優のインタビューやその俳優さんのプロフィールの確認、
そして井上ひさしの戯曲執筆意図(遅筆の時の言い訳も楽しみ!)
などが購入する主な目的なのですが、
他にも戯曲の内容に関しての詳細の特集などが組まれていて
特集によっては非常に読み応えあるパンフなんです。


で、今回はてっきりNHKのこと、もしかしたら陸軍中野士官学校のこと
などが特集で組まれているかと、よく中身も確認せず買ったら
なんと【効果音の創始者「和田精の仕事」】と戯曲に全く関係ない特集ではないでしょうか!
きっと井上ひさしの遅筆から戯曲の内容も全くわからないため
パンフ編集作業が先に進んでしまったのでしょうが、
ここまで戯曲に関係ない特集だと「なんだかなぁ」といった感じでガッカリでありました。

ロビーでは「お手にとってご覧下さい!」と言ってるし
中身を確認しないで終演後のバタバタで買ってしまった自分が悪いんですけど、
これで千円近くもとるんだもんなぁ。


こんな時には時に井上ひさしの【遅筆】を恨んでしまいます(笑)。


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